生産情報 | 地域 | 西ヨーロッパ |
---|---|---|
生産国 | フランス | |
格付け/生産者 | メドック 2級 | |
地方 | ボルドー | |
地区 | オーメドック | |
村 | サン・テステフ | |
ブドウ品種 | カベルネソーヴィニヨン,カベルネフラン,メルロー |
メドックにしては珍しく、コス・デストゥルネルは メルローのブレンド比率が高いこと(約40%)、新樽の比率が平均よりも高いこと(60〜100%)が有名です。肉付きが良く、リッチでテクスチャーなワインに仕上がります。深い砂利質土壌は常に密度が高く、肉厚なワインを生み、比率の高いメルローがワインの風味を和らげています。 醸造と熟成には常に丁寧に、克つ手間を掛けて作られています。他の多くのワインと同じ様に、1980年代初めのワインでは、年月とともに徐々に穏やかに熟成する強い樽香が特徴です。
1869年、マーティンズはシャトー・コス・デストゥルネルをバスク地方の貴族、エラズ家に売却します。エラズ家は1889 年にホスタイン兄弟にこの地を売りました。1917年には、ボルドーを代表するワイン商人であったフェルナンド・ジネステ家がコス・デストゥルネルを買い取ります。そして彼らの孫たち、ジャン・マリー、イヴ、ブルーノ・プラッツがシャトー・コス・デストゥルネルへ受け継いでいます。1998年、プラッツ兄弟は、コス・デストゥルネルをメルロー家、タイヤン・グループのオーナー、そしてモヤノ氏を代表者とするアルゼンチンの投資家たちに売却しました。また2000年にコス・デストゥルネルは再び売却され、今ではソシエテ・デ・ドメーヌ・レビエの所有となっています。 醸造の指揮を取っているのはフェルナド・ジネステの偉大な孫で、1970年〜1998年までコス・デストゥルネルの経営者でもあったブルーノ・プラッツの息子ジャン・ギョーム・プラッツです。
シャトー・コス・デストゥルネルは多くのワインファンに“コス”の呼称で親しまれています。1852年に、シャトーを拡張し整備するための借金がかさんでしまった為、ルイ・ガスパール・デストゥルネルはシャトー・コス・デス トゥルネルをロンドンの銀行家、マーティンズに売却しました。彼はマーティンズによって引き続きシャトーに住むことを許されて、1853年に亡くなりました。それは1855年のメドック格付けによって、シャトー・コス・デストゥルネルがサン・テステフ最高のシャトーとなって、彼の努力が報われる2年前の出来事でした。シャトーはアジアのパゴダのような外観を持ち、ポイヤックとの村境の北西、著名な隣人ラフィット・ロートシルトを見下ろす丘の背にあります。
シャトー・コス・デストゥルネルのワインは、19世紀の初めから半ばにかけて、ボルドーの誇り高いシャトーのどのワインよりも高額な値がつき、遠くのインドにまで輸出されていました。実際のところ、ルイ・ガスパール・デストゥルネルは、『サン・テステフのマハラジャ』としてインドでも知られていたのです。
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