生産情報 | 地域 | 西ヨーロッパ |
---|---|---|
生産国 | フランス | |
地方 | シャンパーニュ | |
地区 | ランス | |
ブドウ品種 | ピノ・ノワール,シャルドネ,ピノ・ムニエ |
ヴーヴ・クリコのシャンパンに残した功績は、同じくヴーヴのポメリーやドン・ペリニョンと並び非常に大きいものです。当時はまだ不安定な要素のあったシャンパンという酒の品質を劇的に高めました。この品質の安定化もまた、ヴーヴ・クリコの販路拡大に大きく役立ったのです。現在では当たり前のこととなっている斜めに傾いた板(ピュピトル)に瓶を立て、澱を落とすという作業、いわゆるルミュアージュ(動瓶)はヴーヴ・クリコが、瓶を動かす職人が作業しやすいように配慮して生まれた作業なのです。女性らしい優しい気遣いがシャンパンの品質向上に大きく役立ちました。
まだヴーヴ(未亡人)ではなかったポンサルダン婦人は1798年、シャンパン造りに情熱を注いでいたフランソワ・クリコ氏と結婚しました。当事、フランス革命の真っ只中であったフランスは混乱しきっていました。そんな時代に後のヴーヴ・クリコは結婚したのです。しかし、結婚してほんの4年ほどで夫のフランソワは急死してしまいます。亡き夫のシャンパン造りの遺志を引き継ぎ、ヴーヴ・クリコ・ポンサルダンはシャンパン経営に乗り出すのです。商才豊かなヴーヴ・クリコは時代の混乱と当時としては他に例がない女性経営者であるという不利点をものともせず、次々と販路を拡大し成長していきます。
1772年に創業された、フランスのシャンパーニュ地方の酒造会社であるヴーヴ・クリコ。この商品が人気を博しているのは、味はもとより「マダム・クリコ」の功績が大きく上げられます。彼女は夫の死後、シャンパン造りを引き継ぎ、ヴーヴ・クリコの名を世に広めることに成功しました。シャンパンの世界で頭角を現し始めた彼女は、王室へもシャンパンを献納し、また、シャンパンの研究も熱心に勧めていきました。89歳でなくなったマダム・クリコが作り上げた商品は現在でも世界中の人々に愛されています。
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